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 親父が10歳の頃にあさま山荘事件が起きた。
 この事件は、1972年2月19日から2月28日にかけて、長野県軽井沢町のあさま山荘で発生した人質立てこもり事件である。
 この時期過激派が様々な事故を起こしたが、この事件もその一つで、連合赤軍のメンバー5人が管理人の妻を人質に取り、山荘に立てこもったことから始まったのだ。

 事件は10日間にわたり、警察と犯人との間で激しい攻防が繰り広げられた。
 最終的に、警察が強行突入し、人質は無事救出され、犯人全員が逮捕された
 この10日間どのチャンネルもあさま山荘事件の生中継が全日行われていた。

 親父は小学生4年生頃だったと思うが、小学校から帰るとテレビ画面に釘付けになっていた覚えがある。



 当時現場で警備していた警視庁警備隊と長野県警警備隊の食料は握り飯だったそうだが、機動隊が手ににする頃には浅間の冬季の寒さに握り飯は凍ってしまったそうだ。
 焚火で炙って凍った握り飯を解して食べていたそうだ。

 その状況を知った日清食品の関係者は発売して間もなくで売れ行きが振るわなかったカップヌードルを大量に機動隊へ無償提供した。

 焚火に薬缶を掛けて、湯を沸かし、熱湯を注いで3分で出来るカップヌードルは極寒の地に佇む機動隊員の体を温めて喜ばれたようだ。


 その事件解決後暫くの日清カップヌードルのCM.
 あさま山荘事件で警戒する機動隊員がカップヌードルを啜っている凄たを映しながら、「日清カップヌードルも戦いました。」とナレーションが入った。





PXL_20241123_064225767~2 日清カップヌードルは、日清食品が1971年に初めて販売したインスタントラーメンだ。
 世界初器が要らないカップ入りインスタントラーメンとして発売されたのだ。

 安藤百福の偉業である。



 日清カップヌードルは小学生の小遣いでは少し高価であった。
 3年後中学生になり、夜食に食べられるようになった。

 その頃は類似品がいっぱい発売されていたが、それでもお笑い芸人が漫談で言い尽くせるほどの種類しか売られていなかった。

 しかし今は数えきれない位の種類が発売されている。
 親父は、一応カップ麺の棚を眺めて「どれにしようかな」と悩むが、折角買って気に召さなかったら嫌なので、定番の日清カップヌードルを買ってしまう。

 今回はシーフードである。






















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