今は壊滅状態になっている駄菓子屋、実は戦後の失業対策で多くが開業されたそうである。昔親父が子供の頃は、八百屋さん、魚屋さん、酒屋さん、洋服屋さんなどの個人商店が幅を利かせていたので、駄菓子屋も盛況だった。
親父が懇意にしていたタヌキ屋と言う駄菓子屋は、今は駐車場になっている。
大型スパーに客を取られて、個人商店は壊滅している。
昔のコニュニティーを持つ個人商店が懐かしい。
ところで、東海地区には製菓会社が多い。
嫁入りを祝い嫁菓子を配り、
家を建てる時に、棟上げする時に棟上げ餅を投げて菓子を配る。
年が明けると、新年に厄年を迎える若者が厄払い菓子を配る。
個人商店の開店時に菓子が配られた事もあった。
これらの菓子の需要が製菓会社の後押しをしていたのである。
今は、嫁菓子と厄払い菓子は細々と続いているが、それ以外は殆ど壊滅している。
だから、製菓会社は自らのHPで、自会社製品のネット販売を受け付けている。
なかにはOEMでTDR やNUSJなどのテーマパークのお土産を製造する会社も少なくない。
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コメント
コメント一覧 (2)
懐かしいです。
結婚のお菓子まき、いきました!
そういうお菓子を頼むのも駄菓子のお店でしてましたね。
いまやテーマパークのお菓子ですか!
市川海老之助
が
しました