『ごんぎつね』と言うと愛知県半田市出身の新美南吉の代表作である。松華堂の『子狐饅頭』は新美南吉が描く狐をイメージして作られたらしい。
プロローグに、
「むかしは、私たちの村のちかくの、中山というところに小さなお城があって、中山さまというおとなさまが、おられたそうです。」とある。
半田市には中山城が実際にあり、中山氏が城主であったのも事実である。
そこから少し離れた山の中のシダがイッパイ茂った森に穴を掘って、ごんぎつねは一人で住んでいたのである。
一人だから自己肯定感を得るためか、野生の狐の性か、ごんぎつねは悪戯が酷かったのである。
兵中(ひょうじゅう)が病身の母親に食べさせようと、川にはりきり網を仕掛けて、魚と鰻をと捕って魚篭(びく)入れておいたが、目を離した隙にごんぎつねに魚を逃がされ、鰻を取られてしまったのである。
兵十の願いは叶わず、母親は亡くなってしまう。
ごんぎつねは、兵十に取り返しの出来ない申し訳ないことをしてしまったと反省する。
ごんぎつねは、自分と同じく一人ぼっちになってしまった兵十に何かしてやりたいと考える。
鰯屋から盗んだ鰯を兵十の家に投げ込んでやったが、ごんぎつねが投げ込んだ鰯を鰯屋に咎められて、兵十は鰯屋に酷いことをされてしまう。
盗んだ物を兵十にあげてもかえって迷惑になると知ったごんぎつねは、森で採れた栗やマッタケを兵十の家の納屋入口に毎日置いて行くことにした。
毎日納屋入口に栗やマッタケが置かれる事を不思議に思った兵十は、そのことを友達の加助に相談するのである。
すると加助は、それは神のご加護ではないかと言う。
一人ぼっちになった兵十を憐れんだ神様が施ししているというのだ。
兵十はその加助の言葉を確信するのである。
ある日ごんぎつねが栗を持って兵十の家へ行くと、兵十が納屋で縄をなっていたので、家の裏口に栗を置こうと向かうと、それを見咎めた兵十は火縄銃でごんぎつねを打ってしまう。
なんといっても、ごんぎつねは、兵十が病身の母親に食べさせようと思って捕った鰻を横取りした憎き奴だからである。
兵十が倒れたごんぎつねの傍へ行ってびっくり。
家の土間に栗がかためて置いてあったのである。
兵十が「ごん、お前だったのか。いつも栗をくれたのは。」と尋ねると、ごんぎつねは、ぐったりとして目をつぶって頷いたのである。
不用意な悪戯や言動は、人を傷つける。
人は不手際をするが、それを恨んでは自分の為にも良くないことが起きる。
これが『ごんぎつね』の教えと思う。
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