この『手ぶくろ買いに』は、愛知県半田市出身の新美南吉の名作である。この話は、母子愛と差別しない心が描かれている。
初めて冬を迎えた子銀狐。
初めて雪を見た子銀狐は、雪に反射する鋭い日の光を見て、「目に何かが刺さった。」と言う。
上手い表現である。
雪の表現が良い。
「真綿のように柔らかい 雪の上を…」
「パン粉のような粉雪が、ふわーっと子狐に…」
「枝と枝の間から白い絹糸のように雪がこぼれていました。」
暑い夏に読むと、涼しくなる。
子狐が雪と戯れていると、手がかじかんで牡丹色に染まり、霜焼になってしまったのだ。
その我が子の手を見て可哀そうに思った母銀狐は、人間の住む町に行って、我が子に毛糸の手袋を買ってやろうと思ったのである。
母銀狐は若い頃にお友達と町に遊びに行った時に、お友達が家鴨(あひる)を盗もうとしお百姓に見つかり、さんざん追いかけらえて命からがら逃げて来たことがあった。
その時のPTSD(心理的外傷後ストレス障害)の為に町の傍まで子狐と来たものの、町に入ることが出来ない。
そこで子狐の片手を握って小さな人間の子供の手にかえて、その手に白銅貨2枚を握らせて、町の中の帽子の絵が描かれている帽子屋さんの戸を一寸(3㎝ほど)開き、この手を差し入れて「この手に合う手袋をください。」と言えば、手袋が買えることを教えた。
決して間違えて狐の手を差し入れないように注意した。
「人間は恐ろしいものよ。」と苦言をていして。
子狐は帽子屋まで辿り着いた。
戸を一寸開けると、
間違えてきつねの手を差し入れて、「この手に合う手袋をください。」と言ってしまった。
帽子屋のオヤジは「狐が手袋を買いに来た。」と驚くも、支払いが枯葉ではたまったものでないと考え、「お先にお代を頂きましょうか」と言うと、「はい、これ!」と子狐は白銅貨2枚を差し出した。
帽子屋のオヤジは、その白銅貨を繁々と調べたが本物の様なので、手袋をその手に渡してやったのである。
子狐は手袋手に入れた喜びは有ったが、帰る道すがら人間の子供が母親に子守唄を歌って貰ってあやされる様子を聞き、母狐が恋しくなり駈けだすのであった。
子狐は、母狐に「人間は怖くなかった。」と言う。
間違えて狐の手を出しても、掴ることなくこに手袋をくれたと報告するのである。
新美南吉が生涯追及したテーマは「生存所属を異にする者の魂の流通共鳴」であったらしい。
この『手ぶくろを買いに』はその最たるものではないだろうか。
しかし親父はある事が気になる。
母狐が手袋の代金として子狐に渡した白銅貨2枚、本物なら、どうやって母狐は稼いだのであろうか。
まさか自分の子狐を松華堂の『子狐饅頭』のモデルにして、その肖像パテント料を得たのであろか。にほんブログ村
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