第291回メールアドレスが届いた。


 よっぽどのご縁を頂いている皆様へ。
 薬師寺の大谷徹奘です。
 ご縁を賜り心から感謝します。
 拙文ですが日々の生活にお役立てくだされば幸いです。


 物事が思い通りにならず自暴自棄になり、自分の存在を恨めしく思ってしまい、
 生きることの意義が見えなくなったという経験は、多くの方がお持ちなのではないでしょうか。
 
 若い頃、修行が上手く行かず、自分で覚悟をして寺に入ったことをすっかり忘れ、心がグルグルと空回りしていた時期がありました。
 一度ひとつの歯車が狂うと、徐々にすべてに歪みが生じ出し、「何の為に」という一番失くしてはならない命題が分からなくってしまい、長い日々を悶々として過ごしたことを今でも忘れることはありません。
 
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 当時の手帳に羅列されていた言葉をまとめたのが今回の言葉です。
 おかげさまで仏さまをはじめ諸先輩のご指導により、寺での生活を続けさせていただけ、迷いから生じた疑問に対して明確な答えを得ることができました。
 
 「いのち」は自分だけに与えられた時間、「生きる」は自分だけができる覚悟、「オレ」は自分だけに与えられた空間。
 これが私が出した答えです。
合掌

 
 脊髄小脳変性症に罹患したことを知った時、それが遺伝性で長男も罹患した。
 しかも彼は高次脳機能障害も罹患している。

 通常高次脳機能障害は障害は固定するが、長男の高次脳機能障害は進行している。
 だから彼のIQは5歳児並みである。

 次男は20年間引き籠りである。
 親父は彼は高知能自閉症スペクトラム障害の疑いがあると思っている。



 親父は脊髄小脳変性症に罹患して運動失調に襲われた我が身を繰り出してヨボヨボ歩きながら、何故こんな不幸に見舞われるのかと嘆いた。

 考えてみれば親父は自分の不幸を嘆くことができるが、長男は自分の置かれている状況が理解できないから嘆くこともない。

 次男も自分が勝手に引き籠ったと思っていて嘆きも誹りも無い。

 二人が生まれた時は父親としての夢を描いたのであるが…。


 
 今は仏から頂いた命を懸命に生きようと思う。

 仏から頂いた試練は何某かの意味が有るのだと思う。

 金澤翔子書展を見に行った時、彼女が書き上げた般若心経を拝みながら、ダウン症の我が娘に果敢に書を教え彼女の才能を引き出した母泰子さんの戦う魂を見た。

 親父も二人の息子に同じ慈愛を与えたいと思う。


 そしてお互いの命を奪い合う戦争の無い国に生れ育ち、幸せである。











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