第293回メールde法話が届いた。

63歳の自分の人生を顧みると、寝る時間を削って仕事をしてきて、価値観が相違する相手に気を遣い自分の精神を削って生きてきたように思う。
定年退職したら再雇用でのんびり働きながら、妻と色々旅を楽しむつもりでいた。
ところが、脊髄小脳変性症と言う難病に罹患したことを診断されった。
崖きから突き落とされたようだった。
親父は自らが脊髄性小脳変性症に罹患したのは何か意味が有るのではないかと思う。
佛が「お前にはまだまだ人を思う心が足りない。 病身で改めて人を見てみなさい。」と…。
そう思うと、後悔の無い自分を作り上げられる。

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よっぽどのご縁を頂いている皆様へ。
薬師寺の大谷徹奘です。
ご縁を賜り心から感謝します。
拙文ですが日々の生活にお役立てくだされば幸いです。
私たちの生活には常に「時間」という制限がついてまわります。
その時間という区切りによって自分を仕上げきることができないと、後悔の念に苛まれます。
また、「時間」を作るために大切な睡眠時間を削ったことが、体調不良につながってしまうこともあります。
これに加え、人間関係の中で生きている私たちには、決して避けては通れない「価値観の相違」が存在し、相手に気を遣い過ぎ、精神を乱すこともあります。
このような「時間」や「価値観の相違」は、私たちの人生に大きく影響を与えるものですが、これらの外的制限や制約ばかりに留意をしていると、たった一度の人生を不完全燃焼のまま終わらせることになってしまいます。
人間社会において「限度」「程度」「節度」は無くすことは出来ません。
但し、これらの尺度を言い訳にして逃げることなく、自らが求めるものに熱心に打ち込むことが、後悔のない自分自身を育てるのだと、自分に言い聞かせています。
合掌
63歳の自分の人生を顧みると、寝る時間を削って仕事をしてきて、価値観が相違する相手に気を遣い自分の精神を削って生きてきたように思う。
定年退職したら再雇用でのんびり働きながら、妻と色々旅を楽しむつもりでいた。
ところが、脊髄小脳変性症と言う難病に罹患したことを診断されった。
崖きから突き落とされたようだった。
親父は自らが脊髄性小脳変性症に罹患したのは何か意味が有るのではないかと思う。
佛が「お前にはまだまだ人を思う心が足りない。 病身で改めて人を見てみなさい。」と…。
そう思うと、後悔の無い自分を作り上げられる。
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