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 親父は中高生の頃日本史で、豊臣秀吉が天下を取った時代の最後に起した朝鮮出兵について習った。 

 日本が朝鮮半島を舞台にした戦を1000年ぶりに行ったという意味で歴史的な出来事でもある。 

 朝鮮出兵は、1592年から1598年にかけて行われた二度の戦が行われた。
 文禄の役(1592年~1593年)と慶長の役(1597年~1598年)である。

 豊臣秀吉は明国征服を目指し、朝鮮を経由地として利用しようとしましたが、朝鮮側の反発を招き、出兵が始まった。

 初期は日本軍が優位に立って、首都漢城(現在のソウル)を迅速に占領しましたが、最終的には明軍の介入により日本軍は撤退を余儀なくされた。


 朝鮮出兵には肥後熊本藩主加藤清正も豊臣秀吉から出兵の命令を受た。

 
文禄の役(1592年~1593年)では食料調達に苦労したのか、帰国して慶長の役(1597年~1598年)に向かうまでに、配下の菓匠に携帯しやすく日持ちする食料を考えるように命じたそうである。

 そして考え出されたのが、肥後平野屋のもち米と麦芽糖水飴と砂糖を原料に独特の製法で練り合わせったもち飴を作り出した。

 加藤清正はこの携帯食を携えた武人を率い
慶長の役を勇敢に戦い抜いたようである。
 多分無事帰国した加藤清正はこのもち飴を考え出した菓匠に礼をしたのであろう。


 以来このもち飴は「加藤清正公が朝鮮での戦いに持って行ったもち飴」だから『朝鮮飴』と名付けられた。

 熊本では代々の藩主がこの『朝鮮飴』を庇護してきて、今は熊本の銘菓になっている。

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 楽天市場を通じて『菓舗豊月堂』の朝鮮飴を買った。



 熊本城が描かれた包み紙を解くと、セロハンに密封されている。
 密封されたままで常温で保存すれば、賞味期限は令和8年3月20日である。








ORIGINAL しかし直ぐに味わいたいからセロハンの密封も解いた。

 箱を開けると、白いでん粉に包まれた親指大の短冊形に切られた『朝鮮飴』が並んでいる。
 


 付属の黒文字を刺して振るってでん粉を払って、口に入れた。
 水飴と砂糖で甘みを付けられているが甘みは仄かである。

 練りもちの歯触りが良く、美味い。

 でん粉に包まれている事で、練りもちの柔らかさが保たれていると思う。

 加藤清正が朝鮮出兵に持って行った練りもちもでん粉に包まれていたのであろうか。


 
 親父が、朝鮮飴を知ったのは、ボンタンアメで有名な鹿児島県鹿児島市のセイカ食品株式会社のYouTubeを見たことである。

 セイカ食品株式会社代表取締役社長玉川浩一郎氏の話によると、創業者玉川壮二郎氏の頃は菓子の原料となる水飴を作る会社であったが、中々経営状態は良くなかったらしい。

 社員が休み時間にハンカチ大の朝鮮飴をハサミで切りながら食べている様子を見た
玉川壮二郎氏は、朝鮮飴にヒントを得て、ボンタンアメを作り会社を立て直した。

 親父は思った。
 確かに朝鮮飴に文旦を始めとした柑橘系の果汁を混ぜればボンタンアメになる。












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