青山学院大のメンバーは苦境は皆で解決しようと、自らの考えで逞しく走っている。その結果が2026年に史上初となる2度目の3連覇を達成した青山学院大学。9回目の総合優勝になったのだ。
中京大学を卒業後、陸上競技部第1期生として中国電力に進むが、故障に悩み、5年目で競技生活から引退した。
1995年、同社でサラリーマンとして再スタートして、電気の検針や料金の集金などの業務に就いた。
その後、営業マンとして新商品を全社で最も売り上げ、ビジネスマンとしての能力を開花させたのである。
そんな中、長年低迷していた青山学院大学陸上競技部の監督への就任話が舞い込むみ、2004年に3年契約で監督に就任したのである。。
就任1年目、2年目と思うような成績を残せなかった原監督は、3年目に入り、「人間性を度外視してタイムが良いだけの選手をスカウト」することを決断した。
「原君、あんな選手をとってはいけない。部がダメになるぞ」
その選手の指導者から警告があったにもかかわらず、意地になった原監督は獲得を決めた。
しかし、この決断は「最悪の結果」を招く。
その選手は寮に入るとすぐに、チーム内で抜群のタイムを出す一方で、乱れた生活でチームをかき回した。
結果、チームは前年より成績を落とし、「陸上部は空中分解の危機」に直面した。
契約3年目での箱根出場を逃し監督辞任のピンチを迎えたが、ビジネスで培ったプレゼン力で猶予を得た。
「自分のことしか考えられない人を私は『心根の悪いヤツ』と表現します」と原監督は語る。
この苦い経験から、「表現力豊かで、勉強もしっかり取り組める心根のいい選手」を採用するという青学陸上競技部のスカウト基準が確立された。
「高校生の頃は少々タイムが悪くても、自分でちゃんと考えてコツコツと練習に取り組み、自分の言葉を大切にする子のほうが、大学4年間で圧倒的に伸びる」
原監督は組織力やチーム力を押し上げるのは「コツコツと努力できる心根の良い人間」だと強く信じている。
この信念が、青学陸上競技部の強さの礎となっている。
東洋大学の柏原竜二が二代目山の神として華々しくデビューした2009年に33年ぶりの箱根駅伝出場を果たした。
「コツコツと努力できる心根の良い人間」を陸上競技部に集めること成功し、「チームの危機は我が危機」と考えるメンバーばかりになり、2015年91回箱根駅伝で総合優勝して以来、2016年・2017年・2018年と4年連続総合優勝する。
原晋監督が青山学院大陸上競技部監督に就任後11年の歳月を要して、青山学院大は箱根駅伝常勝校になった。
今原晋監督は名将と讃えられるが、それは戦略によるものでは無く、彼の人柄によるところが大きいと思う。
部員に走る楽しみを教え、箱根駅伝メンバーに選ばれると、彼らは自分の全てを出し切って走る。
だから、2018年は東海大学、、2021年・2023は駒澤大に総合優勝を譲ったが2015年以降の他の年は青山学院大が総合優勝しているのである。
毎年の箱根駅伝で青山学院大のメンバーが小気味よく意欲的に走る姿を見ていると楽しい。
今年2026年はハラハラしたが…
( ̄ー ̄)ニヤリッ
青山が走る
正月2日
親父はテレビ画面に
齧りつく
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