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第325回 メールde法話会が届いた。 


 よっぽどのご縁を頂いている皆様へ。
 薬師寺の大谷徹奘です。
 ご縁を賜り心から感謝します。
 拙文ですが日々の生活にお役立てくだされば幸いです。


Copilot_20260612_180012 「満点」という言葉を聞くと、「憧れ」や「誇り」というものを私は連想します。
 しかし、これは解答に「満点」がある世界での話。
 人生の幸せには「満点の幸せ」などと言う普遍的なものは存在しません。
 
 社会的に活躍し、ゆとりある生活をされている方などに出会うと、「幸せそうだなぁ」と思いがちですが、正に「・・・そうだなぁ」という仮想に過ぎず、みんな何かしらの問題を抱えているというのが、人の世の実情です。
 
Screenshot_20260612-181341 人生の幸不幸は間違いなく自分の心が決めます。
 問題は自分に与えられているものを、自分が幸せと受け止められるか否かにかかっています。
 
 大切なことは決して高望みはせずに、自己満足できるボーダーラインを決め、そのラインを超えられれば「満点だ」と素直に喜べばよいのです。
 人生に「満点」は存在せずとも、「満足点」は自分で決められます。
 「満足点」を求めて日々を過ごせば、他人を羨むことなく、自分に「幸せだ」と呟けるのです。
合掌
 脊髄性小脳変性症に罹患していることが判明して1年4ヶ月経った今、親父は幸せである。

 天命が尽きるまで車椅子に頼らないで自らの足で歩けるようにと、通勤で往復2.6㎞の道程を歩き、週2回は安城産業文化公園デンパークの『花と緑のウォーキングルート』の3㎞強を歩いている。

 
 妻は、よく寄り添ってくれている。
 彼女が笑う姿を見ると親父は幸せである。

 妻を喜ばせようと、毎朝フローリングを掃除してしまう。

 妻は、週2回夕方5時間パートに行っているが、その日の夕飯は親父の担当である。

 妻から「お父さん、ありがとう、」と言われると親父はもうメロメロで溶けちゃう。
(o^∇^o)ノ

 親父は『満足点の幸せ』を感じている。