第325回 メールde法話会が届いた。
よっぽどのご縁を頂いている皆様へ。薬師寺の大谷徹奘です。ご縁を賜り心から感謝します。拙文ですが日々の生活にお役立てくだされば幸いです。
しかし、これは解答に「満点」がある世界での話。人生の幸せには「満点の幸せ」などと言う普遍的なものは存在しません。
社会的に活躍し、ゆとりある生活をされている方などに出会うと、「幸せそうだなぁ」と思いがちですが、正に「・・・そうだなぁ」という仮想に過ぎず、みんな何かしらの問題を抱えているというのが、人の世の実情です。
問題は自分に与えられているものを、自分が幸せと受け止められるか否かにかかっています。
脊髄性小脳変性症に罹患していることが判明して1年4ヶ月経った今、親父は幸せである。大切なことは決して高望みはせずに、自己満足できるボーダーラインを決め、そのラインを超えられれば「満点だ」と素直に喜べばよいのです。人生に「満点」は存在せずとも、「満足点」は自分で決められます。「満足点」を求めて日々を過ごせば、他人を羨むことなく、自分に「幸せだ」と呟けるのです。
合掌
天命が尽きるまで車椅子に頼らないで自らの足で歩けるようにと、通勤で往復2.6㎞の道程を歩き、週2回は安城産業文化公園デンパークの『花と緑のウォーキングルート』の3㎞強を歩いている。
妻は、よく寄り添ってくれている。
彼女が笑う姿を見ると親父は幸せである。
妻を喜ばせようと、毎朝フローリングを掃除してしまう。
妻は、週2回夕方5時間パートに行っているが、その日の夕飯は親父の担当である。
妻から「お父さん、ありがとう、」と言われると親父はもうメロメロで溶けちゃう。
(o^∇^o)ノ
親父は『満足点の幸せ』を感じている。


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