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 「僕はとろろが好きです」

 親父はとろろが好きである。

Copilot_20260627_100210 とろろ、である。

 世の中には寿司が好きだとか、焼肉が好きだとか、ラーメンが好きだとか、いかにも元気が出そうな食べ物を好物に挙げる人が多い。
 しかし、親父は「何が好きですか」と聞かれると、かなりの確率で「とろろです」と答える。

 すると相手は、たいてい一瞬黙る。

 「ああ、そうですか」

PXL_20260627_005502920と言うのだが、その「ああ」の中には、「ずいぶん地味ですね」とか、「胃の調子でも悪いんですか」とか、いろいろな意味が含まれているような気がする。

 しかし、とろろは決して地味な食べ物ではない。

 まず、あの粘りである。

 箸で持ち上げると、どこまでも伸びる。
 まるで「まだ終わりませんよ」と言わんばかりに糸を引く。
 そのしつこさは、選挙になると急に親しげになる政治家にも少し似ている。

PXL_20260627_011249539~2 しかも、とろろはご飯にかけるだけで一膳があっという間になくなる。
 食欲のない夏の日でも、とろろご飯なら不思議と食べられる。
 いや、食べられるどころか、気がつくと二杯目に突入している。

 これは危険である。

 「健康に良いから」と安心していると、ご飯を三杯も四杯も食べることになり、結果として健康に良いのか悪いのか、だんだん分からなくなってくる。

 それでも僕はとろろが好きである。

 熱いご飯の上にとろろをかけ、刻み海苔をトッピングして、ずるずるとかき込む。
 その瞬間だけは、世の中の面倒なことを全部忘れられるような気がする。

考えてみれば、人間というものは案外単純なもので、とろろ一杯で幸せになれるのである。




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