畑というものは、不思議な場所である。
昨日まで「ちょっと草が伸びてきたかな」と思っていた景色が、数日後には「ここは北海道の牧場ですか」と尋ねたくなるほどの大草原になっている。
夕方、茄子やピーマン、万願寺とうがらしを収穫しようと畑へ向かった。
ところが、畑に着いた瞬間、親父は立ち尽くした。
野菜がない。
いや、正確にはあるのだろう。
しかし草の勢いがあまりにも立派で、茄子もピーマンも万願寺とうがらしも、草原の住人になってしまっている。
その光景を見た途端、頭の中にあの懐かしいメロディーが流れ始めた。
「♪はるか草原を……」
そう、アニメ「母をたずねて三千里」のオープニング、「草原のマルコ」である。
違うのは、マルコが母を探していたのに対し、親父は茄子を探していることぐらいである。
「茄子よ、おまえはどこへ行ったんだ。」
草をかき分け、一歩進む。
「あっ、いた。」
今度はピーマンを探す。
「あっ、いた。」
まるで宝探しである。
畑仕事というより、野菜発掘調査隊である。
雑草というものは実に元気だ。
肥料をやらなくても育つ。水をやらなくても伸びる。
一方、野菜は「暑いですねえ」「虫がいますねえ」と、何かと手がかかる。
人生も同じなのかもしれない。
放っておけば、心にも雑草が生える。
愚痴や怠け心は、野菜よりずっと成長が早い。
だから、ときどき草を抜き、心にも風を通してやる。
畑で汗を流しながら、親父は今日も口ずさんでいた。
「♪さあ出発だ、今、陽が昇る……」
ただし、親父の目的地はアンデスではない。
草原の向こうに隠れている万願寺とうがらしなのである。

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昨日まで「ちょっと草が伸びてきたかな」と思っていた景色が、数日後には「ここは北海道の牧場ですか」と尋ねたくなるほどの大草原になっている。
夕方、茄子やピーマン、万願寺とうがらしを収穫しようと畑へ向かった。ところが、畑に着いた瞬間、親父は立ち尽くした。
野菜がない。
いや、正確にはあるのだろう。
しかし草の勢いがあまりにも立派で、茄子もピーマンも万願寺とうがらしも、草原の住人になってしまっている。
その光景を見た途端、頭の中にあの懐かしいメロディーが流れ始めた。
「♪はるか草原を……」
そう、アニメ「母をたずねて三千里」のオープニング、「草原のマルコ」である。
違うのは、マルコが母を探していたのに対し、親父は茄子を探していることぐらいである。「茄子よ、おまえはどこへ行ったんだ。」
草をかき分け、一歩進む。
「あっ、いた。」
今度はピーマンを探す。
「あっ、いた。」
まるで宝探しである。
畑仕事というより、野菜発掘調査隊である。
雑草というものは実に元気だ。
肥料をやらなくても育つ。水をやらなくても伸びる。
一方、野菜は「暑いですねえ」「虫がいますねえ」と、何かと手がかかる。
人生も同じなのかもしれない。
放っておけば、心にも雑草が生える。
愚痴や怠け心は、野菜よりずっと成長が早い。
だから、ときどき草を抜き、心にも風を通してやる。
畑で汗を流しながら、親父は今日も口ずさんでいた。
「♪さあ出発だ、今、陽が昇る……」
ただし、親父の目的地はアンデスではない。
草原の向こうに隠れている万願寺とうがらしなのである。
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