お盆まで、まだⅠか月もある。

 それなのに、朝から妻がこう言った。

 「おじいちゃんが好きだったグラジオラスが庭に咲いたから、お父さん、お墓に供えてきて!」

 「おじいちゃん」というのは、私の祖父ではない。

 妻の実父である。

 つまり、私にとっては義父にあたる。

 一瞬、「それなら娘である君が行くのが筋ではないか」という、ごくもっともな考えが頭をよぎった。

 しかし、夫婦生活というものは、正論が必ずしも通る世界ではない。

 通るのは、妻のひと言である。

 私は反論をのみ込み、花を抱えて出発した。

 グラジオラスという花は、まっすぐ空に向かって咲く。

 持って歩く姿も、なかなか立派だ。

 ただし、その花を持っている男の気持ちは、少しもまっすぐではない。

 「なぜ俺が……。」

 そんな思いが、頭の中をぐるぐると回っている。

 墓前に着き、花を供え、手を合わせる。

PXL_20260714_223852645~2 義父は生前、穏やかな人だった。

 もし墓石の向こうから声が聞こえるなら、

 「婿さん、すまんなあ。」

くらいは言ってくれそうである。

 いや、案外、

 「娘には逆らえんだろう。」

と笑っているのかもしれない。


 帰宅すると、妻が

 「供えてきた?」

と尋ねる。

 「行ってきたよ。」

と答えると、

 「ありがとう。」

そのひと言である。

 その「ありがとう」を聞くと、少しだけ報われた気がする。

 夫というものは不思議な生き物だ。

 理屈では納得していなくても、「ありがとう」の三文字で帳尻が合ってしまうことがある。

 もっとも、来年もグラジオラスが咲けば、また親父に人事異動の辞令が出るのだろう。

 お盆まで一か月あるというのに、わが家では墓参り担当だけは、毎年、妻から父へ、何の相談もなく任命されるのである。






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