「定年になったら何をする?」
この問いは、会社勤めの人間なら一度は考える。

畑をやる、旅行に行く、釣りをする。
いや、毎日テレビの守り番になる、という人もいる。
ところが、半田市立博物館で見た稲田源次さんは違った。
今日、親父は妻と次男の三人で「バードカービングの世界 木彫りの野鳥大図鑑」を見に行った。
稲田さんは電機業界の技術者として働くかたわら、若い頃から銅板細工などのモノづくりを楽しみ、定年退職後、自宅でできる趣味として独学でバードカービングを始めたという。
独学である。
しかも制作した作品は約200点。
「趣味で始めました。」
この一言のあとに200点という数字が続くと、「趣味」という言葉が急に重たくなる。
展示室には、今にも羽ばたきそうな野鳥たちが並んでいた。
羽毛の一本一本、くちばしの艶、目の輝き。
木でできていることを忘れる。
「ホーホケキョ」
と鳴きそうである。
親父などは脊髄小脳変性症で足元がおぼつかないものだから、思わず作品の方が飛び立って逃げていきそうな気がして、そろりそろりと歩いた。
妻も次男も「すごいねえ」を連発している。

親父は心の中で別のことを考えていた。
定年というのは終点ではないのだ。
新しい趣味を始めるには遅すぎる年齢などない。
むしろ、長年積み重ねた人生そのものが、作品に深みを与えてくれるのではないか。
親父も来年には仕事を離れる予定である。
さて、何を彫ろうか。
熊か、鷹か、それとも妻か。
いや、妻を彫ろうものなら「そこ、もっと細く」と注文が入り、一生完成しない気がする。
定年後に翼が生える人もいる。
その翼は木でできていても、人の心を大空へ飛ばす力をちゃんと持っているのである。







『逃げたかき氷』
少し悔しい話には「口がそういう口になっている」という表現がよく似合う。
半田市まで来た親父には、もう一つ大事な目的があった。
松華堂茶寮のかき氷である。
頭の中では、いや、口の中では、もう「抹茶ミルク大納言」が完成していた。
ふわふわの氷に、濃い抹茶、たっぷりの大納言。
暑い日にこれ以上のご褒美はない。
しかも今回は、次男にも食べさせてやろうと思っていた。
「あそこのかき氷は一度食べておけ。」
父親というものは、旨いものを見つけると、自分が感動した分だけ子どもにも食べさせたくなる妙な生き物である。
ところが、世の中は親父の口の都合では動かない。
水曜日。
定休日。
暖簾は静かに下ろされていた。
「えっ……。」
この一文字である。
抹茶ミルク大納言になり切っていた口は、突然行き場を失う。
ラーメンの口の日に寿司では困るように、かき氷の口の日に「また今度」は、なかなか酷である。
そこで親父は、同じフロアにあるクラシカフェへ避難した。
「まあ、甘い物なら口も納得するだろう。」
そう自分に言い聞かせ、注文したのはコーヒーパフェ。
これがまた、なかなか立派である。
冷たいアイスに香り高いコーヒーゼリー。
生クリームがこんもり乗っていて、スプーンを入れるたびに違う味が顔を出す。
抹茶ミルク大納言とは別人である。
別人なのだが、なかなかの実力者でもあった。
食べ終わる頃には、抹茶ミルク大納言に未練を残しつつも、「今日は君で良かったよ」とコーヒーパフェに心の中で握手していた。
人生には、第一希望に振られて、第二希望と幸せになる日がある。
ただし、親父の「抹茶ミルク大納言口」は、まだ完全には成仏していない。
きっと近いうちに、もう一度半田市へ向かう理由ができてしまうのである。
土日祝日は、松華堂茶寮は混雑する。
平日に行きたいが、再雇用契約での休日水曜日は休みである。
他の曜日月・火・木・金に有給休暇を取ろうか…。

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この問いは、会社勤めの人間なら一度は考える。

畑をやる、旅行に行く、釣りをする。
いや、毎日テレビの守り番になる、という人もいる。
ところが、半田市立博物館で見た稲田源次さんは違った。
今日、親父は妻と次男の三人で「バードカービングの世界 木彫りの野鳥大図鑑」を見に行った。
稲田さんは電機業界の技術者として働くかたわら、若い頃から銅板細工などのモノづくりを楽しみ、定年退職後、自宅でできる趣味として独学でバードカービングを始めたという。
独学である。
しかも制作した作品は約200点。
「趣味で始めました。」
この一言のあとに200点という数字が続くと、「趣味」という言葉が急に重たくなる。展示室には、今にも羽ばたきそうな野鳥たちが並んでいた。
羽毛の一本一本、くちばしの艶、目の輝き。
木でできていることを忘れる。
「ホーホケキョ」
と鳴きそうである。
親父などは脊髄小脳変性症で足元がおぼつかないものだから、思わず作品の方が飛び立って逃げていきそうな気がして、そろりそろりと歩いた。
妻も次男も「すごいねえ」を連発している。

親父は心の中で別のことを考えていた。
定年というのは終点ではないのだ。
新しい趣味を始めるには遅すぎる年齢などない。
むしろ、長年積み重ねた人生そのものが、作品に深みを与えてくれるのではないか。
親父も来年には仕事を離れる予定である。
さて、何を彫ろうか。
熊か、鷹か、それとも妻か。
いや、妻を彫ろうものなら「そこ、もっと細く」と注文が入り、一生完成しない気がする。
定年後に翼が生える人もいる。その翼は木でできていても、人の心を大空へ飛ばす力をちゃんと持っているのである。







『逃げたかき氷』
少し悔しい話には「口がそういう口になっている」という表現がよく似合う。
半田市まで来た親父には、もう一つ大事な目的があった。
松華堂茶寮のかき氷である。
頭の中では、いや、口の中では、もう「抹茶ミルク大納言」が完成していた。
ふわふわの氷に、濃い抹茶、たっぷりの大納言。
暑い日にこれ以上のご褒美はない。
しかも今回は、次男にも食べさせてやろうと思っていた。
「あそこのかき氷は一度食べておけ。」
父親というものは、旨いものを見つけると、自分が感動した分だけ子どもにも食べさせたくなる妙な生き物である。
ところが、世の中は親父の口の都合では動かない。
水曜日。
定休日。
暖簾は静かに下ろされていた。「えっ……。」
この一文字である。
抹茶ミルク大納言になり切っていた口は、突然行き場を失う。
ラーメンの口の日に寿司では困るように、かき氷の口の日に「また今度」は、なかなか酷である。
そこで親父は、同じフロアにあるクラシカフェへ避難した。
「まあ、甘い物なら口も納得するだろう。」
そう自分に言い聞かせ、注文したのはコーヒーパフェ。
これがまた、なかなか立派である。
冷たいアイスに香り高いコーヒーゼリー。
生クリームがこんもり乗っていて、スプーンを入れるたびに違う味が顔を出す。
抹茶ミルク大納言とは別人である。別人なのだが、なかなかの実力者でもあった。
食べ終わる頃には、抹茶ミルク大納言に未練を残しつつも、「今日は君で良かったよ」とコーヒーパフェに心の中で握手していた。
人生には、第一希望に振られて、第二希望と幸せになる日がある。
ただし、親父の「抹茶ミルク大納言口」は、まだ完全には成仏していない。
きっと近いうちに、もう一度半田市へ向かう理由ができてしまうのである。
土日祝日は、松華堂茶寮は混雑する。
平日に行きたいが、再雇用契約での休日水曜日は休みである。
他の曜日月・火・木・金に有給休暇を取ろうか…。
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