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 第330回メールde法話会が届いた。 


 よっぽどのご縁を頂いている皆様へ。
 薬師寺の大谷徹奘です。
 ご縁を賜り心から感謝します。
 拙文ですが日々の生活にお役立てくだされば幸いです。

 30年を越えてお世話になっている九谷焼の陶芸家・北村隆先生が『世の中に「以心伝心」という言葉があるけれど、わしゃそんなものは無いと思っているんだ。徹奘さん、あんたはどう思う』と言われたことがあります。
 その時すかさず『同じ、同じ』と、語調を強くして答えたことを思い出します。
 
Copilot_20260717_175949 時折り『思っていたこと一緒だね。仲良し~』と言っていることがあります。
 これはたまたまのこと。
 それも近しい人とのやり取りであって、限られた選択肢の場合を除き、他人と意見が一致するのは、よほどに稀有なることだと、しっかり覚えておかなくてはなりません。
 
 言葉を使う法話の時でさえも、自分が伝えたいことと、相手の受け止め方が異なり、意思疎通が難しくなり、そこから違和感が生まれて話しにくくなることがあります。
 ですから「黙っていてもわかってほしい」などは、もっての外です。
 
 意思疎通は難事であるとしっかり認識し、決して安易に考えてはなりません。
合掌


 以心伝心とは、本来は禅の教えで、言葉や文字を使わず心から心へ真理を伝えることですが、今では「言わなくても気持ちが通じ合うこと」という意味で広く使われている。

 親父は思う。
 「以心伝心」という言葉ほど、夫婦にとって便利で、しかも危険な言葉はない。

 新婚の頃は違う。
 「あ、お茶飲みたいな」
 そう思った瞬間に妻がお茶を出してくれる。

 「今日はカレーが食べたい」
 そう思えば夕食がカレーだったりする。
 親父は「おお、これぞ以心伝心!」と感動した。

 ところが結婚40年も過ぎると、以心伝心は少々形を変える。

 親父が冷蔵庫の前をウロウロすると、
 「アイスはダメよ。」
 まだ何も言っていない。
 冷蔵庫も開けていない。
 目線だけで見抜かれている。

 これも以心伝心である。

Screenshot_20260717-173834 さらに恐ろしいのは、妻が黙っている時である。
 「……。」
 この沈黙には実に多くの意味が詰まっている。
 「早く片付けなさい。」
 「それ、あなたがやるの。」
 「余計なことを言うな。」
 親父は長年の経験から、妻の沈黙を翻訳できるようになった。

 これも以心伝心である。

 もっとも、親父のほうはどうかというと、
 妻が黙っている理由を十回に一回くらいしか当てられない。
 「怒ってる?」
 「別に。」

 この「別に」の二文字ほど、翻訳が難しい日本語はない。

 以心伝心とは、心が伝わることではなく、相手の心を一生懸命に読み続ける努力なのかもしれない。

 夫婦とは不思議なもので、言葉が少なくなるほど、心を読む力だけは鍛えられていく。

 親父は今日も妻の背中を見ながら考える。
 「今日は機嫌がいいのかな。」
 すると妻が振り返って一言。
 「考えてること、顔に書いてあるわよ。」

 どうやら親父の以心伝心は、まだまだ修行が足りないらしい。







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