30年前子供たちが幼かった頃、夏休みといえば海水浴であった。
朝早くから浮き輪を車に積み込み、浜辺に着けば、砂浜には色とりどりのパラソルが花壇のように咲いていた。
海の家からは焼きそばのソースの匂い、スピーカーからは「迷子のお知らせ」が流れ、波打ち際では子どもが「キャー」と叫び、大人は「沖へ行くな」と叫ぶ。

海というのは、叫ぶ場所だったのである。
テレビも毎年海水浴場の混みようを報じていた。
ところが最近の海は静かである。
ニュースでは「海水浴場の人出が減少」と伝えていた。
昔は浜辺に座る場所を探すのも一苦労だったのに、今では砂浜のほうが「どうぞこちらへ」と人を迎えてくれそうな広々ぶりである。
海も少し拍子抜けしているのではないか。
理由はいろいろあるらしい。
暑すぎる。
日焼けが嫌だ。
レジャーが多様化した。
プールや屋内施設の人気もある。
さらに砂浜そのものが減ってしまい、海水浴場を開設できない場所まであるという。
考えてみれば、昔の子どもは海で遊ぶしかなかった。
砂山を作り、カニを追いかけ、波にさらわれたビーチボールを命がけで取りに行く。
それだけで一日が終わった。
今の子どもは、家に帰ればゲームがあり、動画があり、冷房がある。
海は「わざわざ暑い思いをする場所」になってしまったのかもしれない。
それでも私は海を見ると、少し胸が騒ぐ。
波は何十年たっても同じ調子で寄せては返す。
人間だけが勝手に「海離れ」をしているだけで、海は昔から何一つ文句を言わない。
だから今年の夏、もし海へ行く機会があれば、泳がなくてもいい。
波の音を聞きながら、焼きそばでも食べて、「ああ、夏だなあ」と思うだけで十分である。
海は、泳ぐ場所である前に、夏を思い出させてくれる場所なのである。

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海の家からは焼きそばのソースの匂い、スピーカーからは「迷子のお知らせ」が流れ、波打ち際では子どもが「キャー」と叫び、大人は「沖へ行くな」と叫ぶ。

海というのは、叫ぶ場所だったのである。
テレビも毎年海水浴場の混みようを報じていた。
ところが最近の海は静かである。
ニュースでは「海水浴場の人出が減少」と伝えていた。
昔は浜辺に座る場所を探すのも一苦労だったのに、今では砂浜のほうが「どうぞこちらへ」と人を迎えてくれそうな広々ぶりである。
海も少し拍子抜けしているのではないか。
理由はいろいろあるらしい。
暑すぎる。
日焼けが嫌だ。
レジャーが多様化した。
プールや屋内施設の人気もある。
さらに砂浜そのものが減ってしまい、海水浴場を開設できない場所まであるという。
考えてみれば、昔の子どもは海で遊ぶしかなかった。
砂山を作り、カニを追いかけ、波にさらわれたビーチボールを命がけで取りに行く。
それだけで一日が終わった。
今の子どもは、家に帰ればゲームがあり、動画があり、冷房がある。
海は「わざわざ暑い思いをする場所」になってしまったのかもしれない。
それでも私は海を見ると、少し胸が騒ぐ。
波は何十年たっても同じ調子で寄せては返す。
人間だけが勝手に「海離れ」をしているだけで、海は昔から何一つ文句を言わない。
だから今年の夏、もし海へ行く機会があれば、泳がなくてもいい。
波の音を聞きながら、焼きそばでも食べて、「ああ、夏だなあ」と思うだけで十分である。
海は、泳ぐ場所である前に、夏を思い出させてくれる場所なのである。
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