Audibleで萬田緑平著『棺桶まで歩こう』の朗読を聞き、「リビング・ウィル」という言葉を初めて知った。
 そん時、親父は思った。
 「ウィル? ウイルスの親戚か?」

 どうも横文字は油断ならない。
 「リビング」と聞けば居間である。
 「リビング・ウィル」とは、居間で書く遺言書かと思った。

 ところが違った。
 元気なうちに、自分が人生の最終段階でどんな医療を望むかを書いておく「いのちの遺言状」のようなものだという。
 たとえば「回復の見込みがなくなったら延命だけの治療は望みません」「苦しみは和らげてください」と、自分の意思を前もって残しておくのである。
 日本尊厳死協会などが事前指示書として紹介している。 


 いやあ、考えてしまう。

 昔の人は「畳の上でぽっくり」が理想だった。
 ところが今は人工呼吸器だ、胃ろうだ、点滴だと、命をつなぐ技術がずいぶん増えた。
 そのおかげで助かる命もある。
 一方で「自分ならどうしたい?」という宿題も増えた。

ChatGPT Image 2026年8月26日 19_59_01 だが、この宿題は難しい。
 元気な今日の親父と、病院のベッドで息を切らしている未来の親父は、同じ親父でも考えが違うかもしれない。
 「延命はいらん!」
と勢いよく書いた親父が、三年後には

 「もう少し生きて、秋茄子を食べたい。」
と言い出すかもしれないのである。

 人生というものは、案外しぶとい。
 リビング・ウィルは法的な遺言書ではなく、本人の意思を家族や医療者に伝えるための文書だという。
 だから、一度書いて終わりではなく、考えが変わったら書き直せばいいらしい。 

 親父は思う。
 棺桶の準備より、まず今日を歩く準備だ。

 歩ける日は歩き、笑える日は笑い、食べられる日は妻のご飯をおかわりする。
 そして、その先に「もしも」が来たら、自分の意思を家族に話しておく。

 リビング・ウィルとは、「死ぬための紙」ではなく、「最後まで自分らしく生きるためのメモ」なのかもしれない。
 親父はそう思いながら、今日も駅までの1.4㎞を、ヨタヨタと歩くのである。












 8月1日に別宅『爺の風は強く吹いている』を開設しました。
 併せてお楽しみください。









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