人間の体というものは、実に勝手である。
 口は毎日よく働く。
 「おはよう」から始まり、「昼は何食べる?」「ビールもう一本」で終わる。
 口は働き者だ。
 ところがある朝、その働き者が突然ストライキを起こすことがある。
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「なんか、しゃべれないんだけど」

 サンドウィッチマンの伊達みきおさんは、まさにそう言ったらしい。
 相方の富澤さんが「病院へ行け」と送り出したら、そのまま入院。
 診断は脳梗塞だったという。
 幸い早く治療できて、大事には至らず、今はリハビリ中とのことだ。 


 親父はこのニュースを読んで、「ろれつ」という言葉をしげしげ眺めてしまった。

 ろれつ。

 なんとも頼りない響きである。
 回るものなのか、回らないものなのか。
 まるで寿司屋の回転レーンに乗ったマグロのようだ。

 普段、私たちは口が動くことを当たり前だと思っている。
 「おかわり」「もう一杯」「値引きシールまだ貼らないの?」と好き放題しゃべっている。
 ところが、その当たり前が止まる日がある。

 年を取ると、体のあちこちが「本日休業」の札を出し始める。
 膝は「今日は曲がりません」。
 肩は「腕は九十度までです」。
 目は「細かい字は有料サービスです」。

 そして口まで「本日はろれつ休業」と言い出したら、これは笑ってばかりもいられない。
 それにしても、サンドウィッチマンというコンビは不思議だ。

 伊達さんが休めば富澤さんが一人で立つ。バナナマンでは日村さんが休養中で設楽さんが一人。
 コンビとは漫才だけではなく、人生の松葉杖でもあるのだと思う。
 片方がふらつけば、もう片方が黙って支える。
 なんだか夫婦より夫婦らしい。

 私も最近は歩くと左右にぶれる。
 まっすぐ歩こうとしても、体は「今日は左へ寄ります」と勝手に決める日がある。
 だから、このニュースは芸能ニュースというより、体から届いた回覧板のように感じた。

 「おい、無理するなよ。」
 そんな一枚の紙である。

 伊達さんは「絶賛リハビリ中」とユーモアを交えて伝えたそうだ。 
 さすが芸人である。病室でも笑いを忘れない。

 でも親父は思う。
 芸人にも、笑わなくていい日があっていい。

 漫才は相方が待ってくれる。
 視聴者も待ってくれる。
 ろれつだって、急がなくていい。

 人生には「早口言葉」はあっても、「早く治れ言葉」というものはないのである。



 8月1日に別宅『爺の風は強く吹いている』を開設しました。
 併せてお楽しみください。



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