今朝のニュースは青森県の豪雨だった。
線状降水帯が居座り、川があふれ、床上浸水の家が次々と映る。
見ているだけで「これは大変だ」とこちらの肩まで重くなるような映像だった。
県内では家屋の浸水被害が相次ぎ、避難指示や緊急安全確保も出されたという。
線状降水帯が居座り、川があふれ、床上浸水の家が次々と映る。
見ているだけで「これは大変だ」とこちらの肩まで重くなるような映像だった。
県内では家屋の浸水被害が相次ぎ、避難指示や緊急安全確保も出されたという。
50代くらいだろうか。
記者が「被害はどうでしたか」と聞くと、その女性は笑いながらこう言った。
「床上浸水になって、布団もベチョベチョ!」
「ベチョベチョ」である。
普通なら泣きたくなる場面だ。
布団が濡れたら、その晩どう寝るのだ。
思い出の写真も家具も、みんな水をかぶったかもしれない。
それなのに、その人は「ベチョベチョ!」と笑った。
布団が濡れたら、その晩どう寝るのだ。
思い出の写真も家具も、みんな水をかぶったかもしれない。
それなのに、その人は「ベチョベチョ!」と笑った。
親父はテレビの前で思わず「えらい人だなあ」と声が出た。
災難というものは、本人が一番つらい。
周りは「大変ですね」と言えるが、本当の大変さは当人しか知らない。
それを笑える人がいる。
周りは「大変ですね」と言えるが、本当の大変さは当人しか知らない。
それを笑える人がいる。
考えてみれば、親父も脊髄小脳変性症になってから、歩けばヨタヨタ、階段ではヒヤヒヤ、杖とはすっかり腐れ縁である。
ここで毎日「なんでだ、なんでだ」と眉間にしわを寄せても、病気は「そうですか」と帰ってくれない。
だったら、「今日も身体がヨタヨタ、ベチョベチョならぬフラフラ!」と笑ったほうが少し得ではないか。
人生は擬音語で生きると少し軽くなる。
「ベチョベチョ」「ヨタヨタ」「ヘロヘロ」。
音にしてしまうと、不思議と悲壮感が半分くらい蒸発する。
「ベチョベチョ」「ヨタヨタ」「ヘロヘロ」。
音にしてしまうと、不思議と悲壮感が半分くらい蒸発する。
親父は決めた。
災難は災難として受け止める。
でも、その上に少しだけ笑いを振りかける。
でも、その上に少しだけ笑いを振りかける。

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