第337回メールde法話会が届いた。
よっぽどのご縁を頂いている皆様へ。薬師寺の大谷徹奘です。ご縁を賜り心から感謝します。拙文ですが日々の生活にお役立てくだされば幸いです。
奈良少年院の篤志面接官を勤めています。人生で一番伸びがあり、一生を大きく左右する大切な時間を、自由の無い場所で過ごさなければならない少年たちと向き合っています。
最初の面接時に『何でこんな施設に来なくてはならなくなったの』と尋ねます。その理由は、彼らは自由を奪われましたが、逆に自由な時には省みることのなかった自分と向き合い、今まで自分が犯した過ちの種に気づき、新しい生き方を懸命に模索しているからです。
世間のことも、自分のこともわからず、ただ「若さ」に自惚れ、嘘を繰り返し、そして大切な人を裏切る。そんな負の方程式があることを、彼らから教えられました。
『更生するためには「自惚れない」「嘘をつかない」「裏切らない」。この三つが必須条件だぞ』と、出院した後の幸せな人生を願いながら面接しています。合掌
薬師寺副住職大谷徹奘さんが奈良少年院で少年たちと向き合っている話を読んだ。
親父はこの文章を読んで、「うーん」と唸った。
少年院という言葉には、どこか鉄格子の音がする。
ガシャン、と閉まる音だ。
しかし大谷さんの話を読むと、そこは鍵を掛けられる場所であると同時に、自分の心を開ける場所でもあるらしい。
ガシャン、と閉まる音だ。
しかし大谷さんの話を読むと、そこは鍵を掛けられる場所であると同時に、自分の心を開ける場所でもあるらしい。
「何でここへ来ることになったの?」
最初にそう尋ねるという。
この質問は実に怖い。
少年たちは警察にも裁判官にも事情を話しただろうに、また聞かれる。
ところが今度は罪状ではなく、自分自身に答えなければならない。
少年たちは警察にも裁判官にも事情を話しただろうに、また聞かれる。
ところが今度は罪状ではなく、自分自身に答えなければならない。
人生で一番やっかいな相手は、自分である。
「自惚れない」「嘘をつかない」「裏切らない」。
親父は読んだ瞬間、「少年だけじゃないぞ」と思った。
還暦を過ぎても、自惚れは元気である。
スーパーでレジ袋を一発で開けられると、「まだまだ指先は若い」と自惚れる。
ところが二枚まとめて開いてしまい、「お客様、ご自由にどうぞ」と言われると急に年齢を思い出す。
嘘も小さいものほど多い。
「もう甘い物は控えています。」と言いながら、ビアードパパの月見シューを買う。
あれは月が悪いのである。
月を見ると財布が開く仕組みになっている。
あれは月が悪いのである。
月を見ると財布が開く仕組みになっている。
裏切りはもっと身近だ。
「明日から歩く。」と言って翌日雨が降ると、「今日は靴が濡れるから」と予定を裏切る。
結局、一番裏切っている相手は昨日の自分だったりする。
結局、一番裏切っている相手は昨日の自分だったりする。
親父は脊髄小脳変性症になってから、身体が思うように真っすぐ歩いてくれない。
左右にふらつく。
身体はぶれるが、心までぶれたくないと思う。
だから大谷さんの三つの言葉が妙に胸へ刺さった。
自惚れない。病気を甘く見ない。
嘘をつかない。
今日は調子が悪い日は悪いと言う。
今日は調子が悪い日は悪いと言う。
裏切らない。
歩くと決めた日は、小さくても一歩を積み重ねる。
歩くと決めた日は、小さくても一歩を積み重ねる。
少年院で少年たちに語られた言葉なのに、駅まで杖をついて歩く60代の親父にも、そのまま届いてしまった。
人生というものは不思議である。
若い頃は自由だから何でもできると思っている。
年を重ねると自由は少しずつ減っていく。身体も、時間も、体力も。
ところが、その減った自由のおかげで見えてくるものがある。
親父は思う。
人生を幸せにする教訓は、案外、難しい四字熟語ではなく、子どもでも分かる短い言葉なのかもしれない。
「自惚れない、嘘をつかない、裏切らない。」
これを毎日守れたら、少年院を出る少年だけでなく、人生の終盤を歩く親父だって、少しは胸を張って歩ける気がするのである。
8月1日より別宅『爺の風は強く吹いている』を開設しました。
併せてお楽しみください。
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