今晩の夕飯はマクドナルドの「炙り牛すき焼き風月見」であった。

 名前が長い。
 最近の食べ物は肩書きが立派である。
 「炙り」で一回うなずき、「牛」で期待し、「すき焼き風」で腹が鳴り、「月見」で空を見上げる。
 忙しいバーガーだ。

ChatGPT Image 2026年9月4日 19_16_32 しかも横には妻のお手製フライドポテトが山盛りになっている。
 材料のじゃが芋は、親父が畑で育て収穫したメイクイーンである。

 これがまた妙にうまい。
 マクドナルドのポテトは細くてシュッとしているが、妻のポテトは太めで、いかにも「畑で育ちました」という顔をしている。
 一本一本が堂々としているのだ。

 飲み物は近所のスーパーで買ったもの。
 妻が胸を張って言う。
PXL_20260904_094435402~2 「マクドナルドでセットを買うより、この我が家セットの方が安い。」
 「贅沢は敵だ。」

 なるほど。
 わが家にはドライブスルーはないが、台所スルーがある。
 注文しなくても妻が運んでくれる。
 ただし、店員さんは一人なので営業時間は気分次第である。

 そういえば数日前、ららぽーと安城のビアードパパで「月見シュー」を食べた。
PXL_20260904_094639328~2 ところが、その日は曇り空で月は見えなかった。
 「月見シュー」なのに肝心の月が欠席である。

 そして今夜も雨。
 窓の外は真っ黒で、やっぱり月はいない。
 月見バーガーを食べても月がいない。

 月見シューを食べても月がいない。
 こうなると「月見」とは、空を見る行事ではなく、食べる行事なのではないかと思えてくる。

 昔は「月を見ながら団子を食べる」だった。
 今は「団子やバーガーやシュークリームを食べながら、月が出ないことを確認する」である。

 それでも秋になると、つい「月見」という言葉に弱い。
 月が出ていなくても、食卓に月が一つあれば十分なのかもしれない。
 もっとも親父の月見は、夜空よりも卵の黄身を見つめている時間のほうが、ずっと長いのである。









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