サンドウィッチマンの伊達さんが休養、バナナマンの日村さんも休養中、というニュースを読んだ。
親父は記事を見ながら思った。
「ああ、ラーメンの汁にも定年があるのか。」
昔のラーメンは、最後に丼を両手で持ち上げて「ズズズッ」と飲み干すのが一種の美学だった。
汁を残すと、店主に申し訳ないような気さえした。
「お残しは許しまえんで!!]
汁を残すと、店主に申し訳ないような気さえした。
「お残しは許しまえんで!!]
テレビでは医者が「塩分は一日何グラムまで」と言う。
妻は「汁は残しなさい」と言う。
ラーメン屋さんは「飲み干してくれてありがとう」と言う。
妻は「汁は残しなさい」と言う。
ラーメン屋さんは「飲み干してくれてありがとう」と言う。
三者三様で忙しい。
伊達さんは「お店の人がせっかく作ってくれたから」と完飲したという。
その気持ちは実に日本人らしい。
親父も畑で採れた茄子を「残したらかわいそうだ」と二本三本と食べることがある。
その気持ちは実に日本人らしい。
親父も畑で採れた茄子を「残したらかわいそうだ」と二本三本と食べることがある。
しかし身体は、気持ちほど義理堅くない。
血圧220いう数字を読んで、親父は思わず体温計を探した。
血圧なのに体温計を探すところが老人である。
血圧なのに体温計を探すところが老人である。
220という数字は、もはや血圧というより高速道路の制限速度みたいだ。
芸人には昔、「不健康で面白い」が勲章だった時代があったらしい。
酒豪、大食い、徹夜自慢。
まるで身体を酷使することが芸の肥やしだった。
酒豪、大食い、徹夜自慢。
まるで身体を酷使することが芸の肥やしだった。
ところが最近は筋トレ芸人が増えた。
腹筋が六つに割れた芸人が「今日は鶏むね肉です」と言う。
昔なら笑われた台詞が、今では健康番組の司会になっている。
昔なら笑われた台詞が、今では健康番組の司会になっている。
時代は変わるものだ。
親父も脊髄小脳変性症になってから、「無理をする」が格好いいとは思わなくなった。
歩ける日は歩く。
でもふらついたら杖を使う。
休む日もリハビリのうちだと覚えた。
歩ける日は歩く。
でもふらついたら杖を使う。
休む日もリハビリのうちだと覚えた。
若い頃は「食べられるうちが花」だった。
今は「明日も食べられるように今日を食べる」が花である。
だから伊達さんにも日村さんにも、ラーメンの汁を半分残して帰ってきてほしい。
芸人が健康談義で笑わせる時代になっても、それはきっと十分に面白い。
親父はそう思うのである。
8月1日に別宅『爺の風は強く吹いている』を開設しました。
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