ここしばらく雨ばかりだった。
空を見上げると「もう十分降ったでしょう」と言いたくなるくらい降った。
その雨が今日はお休みである。
曇り空、最低気温21℃、最高気温27℃度。
数字だけ見ると「本当に九月か」と疑うほど快適だ。
空を見上げると「もう十分降ったでしょう」と言いたくなるくらい降った。
その雨が今日はお休みである。
曇り空、最低気温21℃、最高気温27℃度。
数字だけ見ると「本当に九月か」と疑うほど快適だ。
親父は九時半から正午まで歩いた。
脊髄小脳変性症の歩行リハビリである。
三時間歩くと聞くと、スポーツマンみたいだが、実際は「よいしょ、よいしょ」と秋を追いかける散歩である。
脊髄小脳変性症の歩行リハビリである。
三時間歩くと聞くと、スポーツマンみたいだが、実際は「よいしょ、よいしょ」と秋を追いかける散歩である。
デンパークに入って最初に見つけたのは赤トンボだった。
彼岸花も咲いていた。
毎年きっちり彼岸の頃に顔を出す。
誰に教わるでもない。
植物は腕時計もスマホも持っていないのに時間に正確だ。
人間の方がよほど怪しい。
毎年きっちり彼岸の頃に顔を出す。
誰に教わるでもない。
植物は腕時計もスマホも持っていないのに時間に正確だ。
人間の方がよほど怪しい。
ヨーロッパ風お花畑へ行くと、夏の花はすっかり引退していた。
代わりに鶏頭が並んでいる。
代わりに鶏頭が並んでいる。
鶏頭という名前はなかなか率直である。
「鶏の頭です」と名乗ってしまう潔さ。
赤や黄色のモコモコが並ぶ姿は、どこか町内会の運動会で整列しているようにも見える。
「鶏の頭です」と名乗ってしまう潔さ。
赤や黄色のモコモコが並ぶ姿は、どこか町内会の運動会で整列しているようにも見える。
夏なら「水しぶきキャーキャー」の場所が、今日は静かである。
池にもリフォームがあるのか、と妙に感心した。
人間は家を直し、池も直す。
秋はどうやら工事の季節でもあるらしい。
池にもリフォームがあるのか、と妙に感心した。
人間は家を直し、池も直す。
秋はどうやら工事の季節でもあるらしい。
雨が続いたあと、景色はちゃんと秋へ引っ越していた。
親父の歩き方は相変わらず少しふらつく。
それでも赤トンボも彼岸花も鶏頭も、「急がなくていいよ」と言ってくれているような気がした。
それでも赤トンボも彼岸花も鶏頭も、「急がなくていいよ」と言ってくれているような気がした。
秋は、走って来ない。
歩いている人のところへ、そっとやって来るのである。




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「ツクツク法師は夏の居残り組」
歩いている途中で、もう一つ秋と夏が同居していることに気づいた。
ツクツク法師が鳴いていたのである。
赤トンボが飛び、彼岸花が咲いている景色の中で、「ツクツクボーシ、ツクツクボーシ」と元気に鳴いている。
あれを聞くと、夏はまだ帰り支度の最中なのだと思う。
あれを聞くと、夏はまだ帰り支度の最中なのだと思う。
セミというのは面白い。
ミンミンゼミやアブラゼミは「暑いぞ、暑いぞ」と真夏を担当する。ところがツクツク法師だけは、夏休みの宿題を最後の日までやっている子どものように、九月になっても鳴いている。
ミンミンゼミやアブラゼミは「暑いぞ、暑いぞ」と真夏を担当する。ところがツクツク法師だけは、夏休みの宿題を最後の日までやっている子どものように、九月になっても鳴いている。
親父は耳で季節を数えた。
目では赤い彼岸花を見て秋を感じ、空では赤トンボを見て秋を感じる。
しかし耳に入ってくるのはツクツク法師の声である。
「まだ夏ですよ」と言い張る担当者が一匹残っているのだ。
しかし耳に入ってくるのはツクツク法師の声である。
「まだ夏ですよ」と言い張る担当者が一匹残っているのだ。
季節というものは、きっちりバトンタッチしないらしい。
夏と秋が少し重なっている。
その重なった数日間だけ聞けるのが、ツクツク法師なのだ。
夏と秋が少し重なっている。
その重なった数日間だけ聞けるのが、ツクツク法師なのだ。
デンパークを歩いていると、秋は色でやって来て、夏は声で名残を惜しんでいた。
親父は杖をつきながら、その季節の引き継ぎ式の中を、ゆっくり歩いていたのである。
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