ENCOUNT によるストーリーから…。
「あ、足がない」逆走車と衝突、理不尽に失った右脚 「絶対に看護師に戻る」奇跡の復活 「苦しみながらでも…」不屈の人生
大けがを負ったキャンディーさんは懸命のリハビリに努めた。
逆走車による事故被害 ぐちゃぐちゃになった自分の右手を見つめることしかできなかった 。
深夜の幹線道路をバイクで走っていたところ、2台の逆走車が向かってくる異常事態に巻き込まれた。
避けようとしたが、間に合わず。
立ち上がろうとして気付いた。「あ、足がない」。
沖縄出身で25歳の看護師・キャンディーさんは22歳の時、逆走車との衝突事故に見舞われ、右脚切断、右大腿骨骨折と大腿骨頭の壊死、右手多発開放骨折、骨盤骨折の大けがを負った。
激しい体の痛みにも苦しんだ。
絶望の淵から義足で歩けるようになるまで回復。
家族や仲間からのサポートを受け、看護師として現場に復帰を果たした。
復活までの壮絶な道のり、前を向いて生きる思いについて聞いた。
(取材・文=吉原知也)
世の中には「理不尽」という言葉がある。
私はこの言葉があまり好きではない。
だって理不尽というのは、理屈がない。
怒る相手も見つからない。
殴る壁もない。
だって理不尽というのは、理屈がない。
怒る相手も見つからない。
殴る壁もない。
深夜の道路をまじめに走っていただけなのに、逆走車が二台並んで向かってくる。
こんなの映画でも「脚本が雑だ」と言われそうである。
「あ、足がない。」
この記事を読んで、その一行で私は息が止まった。
一方、彼女は足を失った。それでも義足で歩く練習をした。
なんだか人間という生き物は不思議だ。
足がある者は歩けなくなり、足を失った者は歩こうとする。
足がある者は歩けなくなり、足を失った者は歩こうとする。
リハビリという言葉は軽い。
「頑張ってください」で済まされる。
しかし現実は汗と涙と痛みの三点セットだ。
五分も義足をつけられなかった人が、一歩、一歩と歩き、とうとう看護師に戻った。
「頑張ってください」で済まされる。
しかし現実は汗と涙と痛みの三点セットだ。
五分も義足をつけられなかった人が、一歩、一歩と歩き、とうとう看護師に戻った。
私はデンパークで小幅でゆっくり歩く練習をしている。
信号では車が待ってくれると焦る。階段では転んだこともある。
信号では車が待ってくれると焦る。階段では転んだこともある。
この記事を読んで思った。
歩く速さなんて競争じゃない。
大事なのは、昨日より一歩でも前へ出ることだ。
人生は百メートル走ではない。
ヨタヨタでも、コツコツでも、前へ進んだ人の勝ちである。
ヨタヨタでも、コツコツでも、前へ進んだ人の勝ちである。

コメント