「病を知れば癒(い)ゆるに近し」ということわざがある。
 病名が分かれば治療法も見えてくる、という意味らしい。
 昔の人は、なかなか気の利いたことを言う。 


 ところが親父は、このことわざを聞いたとき、「それなら健康診断なんか受けなきゃよかった」と思った。
 知らなければ元気だったのである。

 健康診断の紙には、赤い字がずらり。
 「要再検査」「要経過観察」。
 まるで通知表である。
 学生時代なら母親に隠したが、64歳になると隠す相手は妻しかいない。

ChatGPT Image 2026年9月12日 21_33_54 「また病院?」
 妻はため息をつく。

 病院へ行けば行くほど、病名が増える。
 不思議なものである。
 脊髄小脳変性症、尿管結石、心臓の薬、血圧の薬……薬手帳は文庫本より厚い。

 しかし、病名を知った日から親父の歩き方は変わった。
 「ふらつくのは年だから」ではなく、「運動失調だから、ゆっくり小股で歩こう」と考えるようになった。
 杖も「負け」ではなく「道具」になった。

 デンパークを歩くときも、ららぽーと安城を歩くときも、「今日は右に傾くな」「今日は左が強いな」と、自分の体と相談しながら歩く。
 体は毎日、違う返事をする。
 病気というのは、困った同居人である。

 追い出せないが、付き合い方は工夫できる。
 だから「病を知れば癒ゆるに近し」は、「病気が治る」という話だけではない気がする。

 病を知れば、自分を知る。
 自分を知れば、少しだけ生き方が上手になる。

 親父は今日も畑で草を抜き、歩き、転ばないように一歩ずつ進む。
 「癒ゆるに近し」とは、明日すっかり治ることではない。

 昨日より一歩、今日より半歩、人生を歩き続けることなのかもしれない。











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