「病を知れば癒(い)ゆるに近し」ということわざがある。
病名が分かれば治療法も見えてくる、という意味らしい。
昔の人は、なかなか気の利いたことを言う。
昔の人は、なかなか気の利いたことを言う。
ところが親父は、このことわざを聞いたとき、「それなら健康診断なんか受けなきゃよかった」と思った。
知らなければ元気だったのである。
健康診断の紙には、赤い字がずらり。
「要再検査」「要経過観察」。
まるで通知表である。
学生時代なら母親に隠したが、64歳になると隠す相手は妻しかいない。
「要再検査」「要経過観察」。
まるで通知表である。
学生時代なら母親に隠したが、64歳になると隠す相手は妻しかいない。
妻はため息をつく。
病院へ行けば行くほど、病名が増える。
不思議なものである。
脊髄小脳変性症、尿管結石、心臓の薬、血圧の薬……薬手帳は文庫本より厚い。
不思議なものである。
脊髄小脳変性症、尿管結石、心臓の薬、血圧の薬……薬手帳は文庫本より厚い。
しかし、病名を知った日から親父の歩き方は変わった。
「ふらつくのは年だから」ではなく、「運動失調だから、ゆっくり小股で歩こう」と考えるようになった。
杖も「負け」ではなく「道具」になった。
杖も「負け」ではなく「道具」になった。
デンパークを歩くときも、ららぽーと安城を歩くときも、「今日は右に傾くな」「今日は左が強いな」と、自分の体と相談しながら歩く。
体は毎日、違う返事をする。
病気というのは、困った同居人である。
追い出せないが、付き合い方は工夫できる。
だから「病を知れば癒ゆるに近し」は、「病気が治る」という話だけではない気がする。
病を知れば、自分を知る。
自分を知れば、少しだけ生き方が上手になる。
親父は今日も畑で草を抜き、歩き、転ばないように一歩ずつ進む。
「癒ゆるに近し」とは、明日すっかり治ることではない。

コメント