雑草というやつは実に現金な植物である。
人間が「ああ、雨でイヤだなあ」とぼやいている横で、「ごちそうさまでした」とばかりにグングン背を伸ばしている。
雨は雑草にとってリポビタンDかユンケルか、いや、それ以上の栄養ドリンクらしい。
雨は雑草にとってリポビタンDかユンケルか、いや、それ以上の栄養ドリンクらしい。
昨日の朝、畑へ行ったら、草どもが一晩で高校生くらいまで成長していた。
「おいおい、昨日まで小学生だったじゃないか。」
と驚くほどである。
私は鎌を持つより先に、一番背の高い草の首根っこをつかんで「えいっ」と引っこ抜く。
これが気持ちいい。
スポン、と抜ける草もあれば、「絶対離さん」と粘る草もいる。
雑草にも性格がある。
これが気持ちいい。
スポン、と抜ける草もあれば、「絶対離さん」と粘る草もいる。
雑草にも性格がある。
ところが、昨日は歯医者の予約がある。
Ⅰ歯科医院で歯の治療である。
時計を見るたびに焦る。
「ああ、この草も抜きたい。」
「その隣も気になる。」
「お前もだ。」
草取りというのは終わりがない。
ゲームでいうラスボスを倒したと思ったら、その後ろからラスボスが百匹現れるようなものである。
ゲームでいうラスボスを倒したと思ったら、その後ろからラスボスが百匹現れるようなものである。
畑を振り返ると、三割の雑草がこちらを見送っている。
「また来いよ。」
と笑われた気がした。
今朝。
朝から雨。
昨日の残党どもを一掃する予定だったのに、小雨がしとしと降っている。
小雨というのが困る。
本降りなら諦めがつく。
小雨は「できるんじゃない?」と誘惑してくる。
しかし脊髄小脳変性症の親父は、濡れた土でふらつくと危ない。
ここは潔く撤退である。
ここは潔く撤退である。
撤退先はコメダ珈琲店。
人間、畑からコメダへの転進は実に早い。
モーニングの厚切りトーストにゆで卵。
さっきまで雑草と格闘する気満々だった男が、今はいちごジャムトーストを食べることに全神経を集中している。
人生というのは切り替えが大事だ。
午後一時半からは東京都難病相談・支援センターのオンライン講演会。
二時間、画面越しに難病医療の話を聞く。
病気と付き合って生きる知恵を学ぶ時間である。
「病を知れば癒ゆるに近し。」
最近、この言葉が妙に胸に残る。
講演が終わった午後四時。
外を見ると雨は上がっていた。
「討伐隊、出動!」
残してきた三割の雑草を相手に第二ラウンド開始である。
夕方の畑は朝より涼しい。
一本一本引き抜いていくと、残党は次々に降伏した。
「昨日は勝ったと思ったろ。」
親父の勝利宣言である。
もっとも、全部抜いたと思っても、一週間後には第二師団、第三師団が現れることを私は知っている。
雑草戦争に終戦はない。
午後六時。
戦場から帰還した兵士には褒美が待っていた。
妻の64歳の誕生日祝いで「焼肉味韓」に行った。
この店は危険だ。
一度食べると、ほかの焼肉屋へ行けなくなる。
肉が網の上でジュワッと鳴く音だけで、ご飯が一杯食べられる。
しかし私の本命は肉ではない。
石焼ビビンバである。
あの熱々の石鍋に、ご飯とナムルと肉と卵が混ざり合い、おこげがパチパチ音を立てる。
スプーンを入れる瞬間がたまらない。
畑で二日がかりの草取りをした身体に、この一杯が染み込む。
雑草を引っこ抜いた疲れが、石焼ビビンバに吸い取られていくようだ。
妻の誕生日祝いと言いながら、一番癒やされたのは畑帰りの親父だったかもしれない。
雨は雑草を育てた。
焼肉と石焼ビビンバは親父を育てた。
さて、来週あたり、また雑草は栄養ドリンクを飲んで現れるだろう。

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